忘れらんねぇよ

生きていれば、取り返しのつかないことは誰にでもある。それゆえに時間を巻き戻したいと思うことも、自分が別の誰かだったらと願うことも、死ぬ以外に楽になる方法がないと考えることも。取り返しのつくときに気づかなかった自分を呪うことだって。

 


この物語を書き切ったとき私は消えることにした。愛する人を傷つけた咎は、その人の心を癒すこと以外に償う方法がないことを私は知っている。どうか、この物語がいつまでも続くこと祈る。

 

彼女と初めて会ったのは、大学の入学式の次の日だった。私はその日、寝坊したために情報処理の講義のガイダンスに遅れてしまった。厳しい先生だったため教室に入れてもらえず、空き教室で時間を潰していた。彼女とは、そこで出会った。

 

私は20歳で大学に入学した。高校3年生のとき、就職する意思もなく、かといって受験勉強をする気もなく、「勉強をしなくても入れそう」という理由で芸術学部を受験した。結果は不合格。そりゃそうだ、芸術学部に入るにも努力は必要だ。それから私は、大学に行ってほしいという母の願いを背中に受けながら、アルバイトをして暮らしていた。

 

感受性の強い子供であったと思う。悲しいニュースを見ると、落ち込んで何もできなくなってしまうことがあった。許せないことは許せないと声に出してしまい、孤立することもあった。

 


19歳のとき、転機が訪れる。そのとき読んだ雑誌に、ある日本人女性が紹介されていた。外資系大手企業の技術者で、日本人で唯一の(だったと記憶している)特別な役職に就いている方だった。そして、その方は全盲だった。

 

そのときまで自分が何をしたいのかわからなかった。いくら考えても答えは出なかった。でも、そのとき、心はたしかに動いた。大学に行こう。今現在の自分を見ると、そのときの動機とは縁のない大学生活を送ったわけなので、まぁ何でもよかったのかもしれない。

 

第一志望は残念ながら落ちてしまったが、大学の合格通知というものを初めて受け取った。結果には納得していた。そして、20歳の、桜が咲く季節に彼女と出会った。

 

真っ白な肌が印象的だった。きっと、雪の降る寒い町で生まれたのだろうと直感した。私はそのとき、先輩と談笑していた。彼女は離れた席に座ってぼーっとしていた。ずっと眺めていたい、魅力的な横顔だった。すると突然、こちらにやってきた。私の視線に気づいたのかと焦ったが、会話に混ざりたいだけのようだった。

 

人の目をよく見る子だった。よく笑う子だった。目はくりっとして、瞳は茶色かった。顔が丸いことがコンプレックスらしいが、私はそれが好きだった。自分の声が好きじゃないといつも言っていた。でも、私は初めて話したときから彼女の声が好きだった。

 


一緒に海外ボランティアサークルの説明を受けて、一緒に帰った。彼女は、大学から電車で10分ほどの場所で一人暮らしをしていた。直感通りだった。彼女は北国の生まれだった。

 

一目惚れではなかったと思う。今となってはそうだったのかもしれないとも思うことはあるが、外見にだけ惹かれたわけではない。彼女が放つ全てのものに私はゆっくりと惹かれていった。こんな感覚は初めてだった。